東京高等裁判所 平成8年(行ケ)38号 判決 1997年11月27日
神奈川県川崎市中原区苅宿335番地
原告
帝国通信工業株式会社
同代表者代表取締役
村上明
同訴訟代理人弁理士
熊谷隆
同
高木裕
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
同指定代理人
和田志郎
同
逸見輝雄
同
吉村宅衛
同
小池隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成4年審判第21277号事件について平成7年12月11日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和62年9月22日、名称を「スライド式電子部品の筐体及びその製造方法」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、特許出願(昭和62年特許願第238448号)をしたが、平成4年9月11日拒絶査定を受けたので、同年11月11日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第21277号事件として審理した結果、平成7年12月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成8年2月7日原告に送達された。
2 特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨
摺動子が直線状にスライドするスライド式電子部品の摺動子の接点が摺接する各種パターンが形成された基板を内部に収納するスライド式電子部品の筐体において、
前記基板として合成樹脂フィルム表面に各種パターンを形成してなる基板を用い、
該基板の端部には、その各種パターンの端部に金属端子片をその先端から所定の長さ該基板の端部から突出させて接合し、該接合した金属端子片の上に基板のフィルムと同質の合成樹脂フィルムからなる端子固定用フィルムを載置し、該端子固定用フィルムと基板のフィルムとを局部的に溶着した構造の端子部を設け、
前記基板の裏面に合成樹脂製の筐体の底部を形成すると共に端子部外側部を含む該基板の外周部に該筐体の側壁部を一体に形成して該基板を筐体にインサートし、該基板の各種パターンが形成された部分の表面及び端子部の表面を該筐体内底部に露出させ、且つ金属端子片の先端から所定長さを該筐体外に突出させインサートさせたことを特徴とするスライド式電子部品の筐体。
3 審決の理由の要点
(1) 本願第1発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) これに対して、特開昭60-217601号公報(昭和60年10月31日出願公開。以下「引用例」という。)には、摺動子が直線状にスライドするスライド式電子部品の摺動子の接点が摺接する各種パターンが形成された基板を内部に収納するスライド式電子部品に関するものであって、その実施例(特に第5実施例及び第4実施例)を参照しつつ、本願第1発明に対応させると、
「摺動子が直線状にスライドするスライド式電子部品の摺動子の接点が摺接する各種パターンが形成された基板を内部に収納するスライド式電子部品の筐体において、
前記基板としてエポキシ樹脂などのような耐熱性と絶縁性を有する材料によって形成されたフィルム表面に各種パターンを形成してなる基板を用い、
該基板の端部には、ヒートシールフィルムにより形成されており、下面に導電性のリードがパターン成形されているフレキシブルシートを用いて、基板の端子接続用パターンにフレキシブルシートのパターン成形されている導電性のリードをその先端から所定の長さ該基板の端部から突出させて接合し、該接合した状態で、フレキシブルシートと基板のフィルムとを局部的に接着した構造の端子部をを設け、
前記基板の裏面に樹脂製の筐体の底部を形成すると共に端子部外側部を含む該基板の外周部に該筐体の側壁部を一体に形成して該基板を筐体に埋設し、該基板の各種パターンが形成された部分の表面を該筐体内底部に露出させ、且つ導電性のリードがパターン成形されているフレキシブルシートを所定の長さだけ筐体外部に突出させ埋設させたことを特徴とするスライド式電子部品の筐体。」が記載されている。
(3) そこで、本願第1発明と引用例に記載されたものとを対比すると、引用例に記載されたものの「エポキシ樹脂などのような耐熱性と絶縁性を有する材料によって形成されたフィルム」、「接着」、「樹脂製の筐体」、「埋設」は、それぞれ、本願第1発明の「合成樹脂フィルム」、「溶着」、「合成樹脂製の筐体」、「インサート」に相当するものと認められるから、両者は、
「摺動子が直線状にスライドするスライド式電子部品の摺動子の接点が摺接する各種パターンが形成された基板を内部に収納するスライド式電子部品の筐体において、
前記基板として合成樹脂フィルム表面に各種パターンを形成してなる基板を用い、
該基板の端部には、その各種パターンに導電性のリードをその先端を基板の端部から突出させて接合した状態で、基板の端子接続用パターンと導電性リードとを挟み込むように両フィルムを局部的に溶着した構造の端子部を設け、
前記基板の裏面に合成樹脂製の筐体の底部を形成すると共に端子部外側部を含む該基板の外周部に該筐体の側壁部を一体に形成して該基板を筐体にインサートし、該基板の各種パターンが形成された部分の表面を該筐体内底部に露出させ、且つ金属端子片の先端から所定長さを該筐体外に突出させインサートさせたことを特徴とするスライド式電子部品の筐体。」
である点で一致し、ただ次の点で相違する。
相違点1、基板の端子接続用パターンと導電性リードとを挟み込むように両フィルムを局部的に溶着した構造の端子部として、本願第1発明では導電性リードとしての金属端子片と基板フィルムと同質の合成樹脂フィルムからなる端子固定用フィルムとを用いるのに対して、引用例に記載されたものではヒートシールフィルムにより形成されており導電性のリードがパターン成形されているフレキシブルシートを用いる点。
相違点2、本願第1発明では筐体内底部に端子部の表面を露出させるのに対して、引用例に記載されたものでは樹脂層による端子保持部が形成されている点。
(4) 前記各相違点について検討する。
<1> 相違点1について、導電性リードとして、引用例に記載のようなフレキシブルシートにパターン成形されたものも本願第1発明のような金属端子も共に周知のものであり、また溶着固定手段として溶着される両フィルムを同質のものとすることは広く知られているから、基板の端子接続用パターンと導電性リードとを挟み込むように両フィルムを局部的に溶着した構造の端子部として、引用例記載のようにヒートシールフィルムにより形成されており導電性のリードがパターン成形されているフレキシブルシートを用いるのに代えて、本願第1発明のように導電性リードとしての金属端子と基板フィルムと同質の合成樹脂フィルムからなる端子固定用フィルムとを用いることは、当業者がその必要に応じて容易になし得る程度のことと認められる。<2> 相違点2について、基板の裏面に合成樹脂製の筐体の底部を形成すると共に端子部外側部を含む基板の外周部に該筐体の側壁部を設けることが両者に共通しており、この底部及び側壁部の存在により半田ディップ時のフラックスの侵入防止などと共に、端子保持部としても機能しているものであるから、引用例記載の樹脂層による端子保持部を形成させるのに代えて、本願第1発明のように筐体の側壁部以外の端子部の表面を筐体内底部に露出させることは、当業者がその必要に応じて容易に採択し得る設計的事項にすぎない。
(5) 以上のとおり、本願第1発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本願の特許請求の範囲第2項に記載された発明について言及するまでもなく、本願は拒絶すべきものとする。
4 審決の取消事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。
同(3)のうち、引用例に記載のものの「接着」が本願第1発明の「溶着」に相当すること、及び、両者は、「基板の端子部接続用パターンと導電性リードとを挟み込むように両フィルムを局部的に溶着した構造の端子部を設け」の点で一致することは争い、その余は認める。
同(4)<1>のうち、「導電性リードとして、引用例に記載のようなフレキシブルシートにパターン成形されたものも本願第1発明のような金属端子も共に周知のものであ」ることは認め、その余は争う。
同(4)<2>のうち、「基板の裏面に合成樹脂製の筐体の底部を形成すると共に端子部外側部を含む基板の外周部に該筐体の側壁部を設けることが両者に共通しており、この底部及び側壁部の存在により半田ディップ時のフラックスの侵入防止などと共に、端子保持部としても機能しているものである」ことは認め、その余は争う。
同(5)は争う。
審決は、一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点についての判断を誤ったため(取消事由2、3)、進歩性の判断を誤った違法があるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)
審決は、引用例に記載のものの「接着」が本願第1発明の「溶着」に相当し、両者は、「基板の端子部接続用パターンと導電性リードとを挟み込むように両フィルムを局部的に溶着した構造の端子部を設け」の点で一致すると認定するが、誤りである。
<1> 本願第1発明の「溶着」は、端子固定用フィルム7と基板のフィルム1との当接面を超音波加熱により互いに溶融させて接合するものである(甲第5号証10頁7行ないし14行)のに対して、引用例においては、ヒートシール接着である。
本願第1発明においては、「溶着」の強力な接合強度が高温の溶融樹脂の射出成形により基板(端子部)を筐体にインサート成形する時に不可欠のものである。
<2> また、引用例には、接続用パターンと導電性リードとを「挟み込むように」両フィルムを局部的に溶着した旨の記載はどこにもない。
被告は、引用例における「フレキシブルシート26と対同するフィルム11は前述のようにターミナル電極の幅よりこれと対応する箇所の幅が大きくなる」と主張するが、引用例の第6図ではフィルム11の幅がターミナル電極12の幅より大きくなっているだけであり、このように認定する明確な根拠は引用例のどこにも記載されていない。
また、被告は、「両フィルムによりターミナル電極12と導電性リードが挟み込まれ、両フィルムの当接面がどの程度の範囲になるかは別にして、その当接面は少なくとも局部的に接着される」と主張するが、引用例には「フレキシブルシート26はフィルム11のターミナル電極12上にヒートシール接着され、フレキシブルシート26のリードとターミナル電極12とが導通される。」(甲第4号証4頁右上欄9行ないし12行)と記載されているのであり、この記載は、導電性リードの上にヒートシール層が形成されており、該ヒートシール層をフィルム11のターミナル電極12に添装し外部加熱手段で熱を加えることにより、該ヒートシール層は溶けフレキシブルシート26のリードとターミナル電極12は溶着され、その結果両者は導通することを意味していると解するのが自然である。
(2) 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)
審決は、相違点1について、「溶着固定手段として溶着される両フィルムを同質のものとすることは広く知られているから、基板の端子接続用パターンと導電性リードとを挟み込むように両フィルムを局部的に溶着した構造の端子部として、引用例記載のようにヒートシールフィルムにより形成されており導電性のリードがパターン成形されているフレキシブルシートを用いるのに代えて、本願第1発明のように導電性リードとしての金属端子と基板フィルムと同質の合成樹脂フィルムからなる端子固定用フィルムとを用いることは、当業者がその必要に応じて容易になし得る程度のことと認められる」と判断するが、誤りである。
被告は、乙第1ないし第3号証に基づき、端子の固定方法として、金属端子を同質の合成樹脂フィルムで挟み込み、該フィルムを局部的に溶着することは、広く知られていることであると主張するが、このような端子固定方法が公知であっても、これは本願第1発明のスライド式電子部品の筐体の上記構成の端子部とは構成が全く異なり、本願第1発明のスライド式電子部品の筐体の端子部が公知であるとする証拠にはなり得ない。
(3) 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)
審決は、「引用例記載の樹脂層による端子保持部を形成させるのに代えて、本願第1発明のように筐体の側壁部以外の端子部の表面を筐体内底部に露出させることは、当業者がその必要に応じて容易に採択し得る設計的事項にすぎない」と判断するが、誤りである。
<1> 本願第1発明は、「端子部の表面を筐体内底部に露出させ」た構造を採用することにより、筐体を樹脂モールドで成形する際、端子部を上金型の面に密接して配置することができ、下側から高温高圧の溶融樹脂を注入しても、端子部は該溶融樹脂により、密接して配置した上金型の下面に押し付けられるだけであるので、合成樹脂フィルムからなる基板を高温高圧溶融樹脂の射出成形により筐体を成形すると同時にインサートすることができるものである。
<2> 被告は、本願第1発明の特許請求の範囲に「高温高圧溶融樹脂の射出成形」によることの明示がないことを根拠に、合成樹脂フィルムからなる基板を高温高圧溶融樹脂の射出成形により、筐体を成形すると同時にインサートすることができるとの点を本願第1発明の要旨に基づいて奏する効果であるということはできないと主張するが、本願第1発明の特許請求の範囲には「基板の裏面に合成樹脂の筐体の底部を形成すると共に端子部外側部を含む該基板の外周部に該筐体の側壁部を一体に形成して該基板を筐体にインサートし、」と記載されているところ、この種の電子部品の製造において、基板を合成樹脂製の筐体にインサートするとは、常識的に高温高圧溶融樹脂の射出成形によることを意味するものであり、また、本願明細書の発明の実施例においても加熱溶融した樹脂材の圧入による射出成形しか記載されていないから、本願第1発明においても、基板を筐体にインサートするとは高温高圧溶融樹脂の射出成形によることを当然とするものであり、この点の被告の主張は失当である。
第3 原告の主張に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> 一般的に、溶着とは、熱可塑性のプラスチックが「熱により溶け合って接合する現象」(乙第7号証)と定義されている。本願明細書(甲第5号証)の実施例には、「超音波発射用ホーン・・・より超音波を発射して端子固定用フィルム7と端子部2の耐熱性フィルム1とを超音波加熱により溶融し、金属端子片5をリードパターン2-1上に固着する」(10頁10行ないし14行)と記載されているが、本願第1発明の要旨にいう溶着を上記実施例に記載のものに限定して解釈すべき根拠は見いだせない。以上のことから、本願第1発明における溶着は、一般的なものとして合成樹脂フィルムを熱により溶融して接合するものである。
引用例(甲第4号証)の第四実施例には、「フレキシブルシート26はヒートシールフィルムによって形成されている。このフレキシブルシート26はフィルム11のターミナル電極12上にヒートシール接着され」(4頁右上欄7行ないし11行)と記載されており、この「ヒートシール」は、通常、「熱可塑性プラスチックの接合によく用いられる方法で、主として電熱式熱板、こて、ローラなどを、重ね合わせたフィルムの外側にあててフィルムを溶着する。」(乙第7号証)及び「加熱することにより熱可塑性プラスチックを接合することをいい、熱融着あるいは加熱接着ともいう。熱可塑性プラスチックフィルム、シートあるいは成形品を、その溶着温度より高い一定温度に保ったガスまたは電熱加熱発熱体を直接または緩衝膜を介して圧接することにより、熱伝導により溶着できる。」(乙第8号証)と説明されている。また、一般的に「接着」とは、「同種または異種の固体の面と面をはり合わせて、一体化すること」(乙第7号証)及び「物と物とがぴったりくっつくこと。また、くっつけること」(乙第9号証)と定義されている。したがって、引用例記載の「ヒートシール接着」は、合成樹脂フィルムを「外部加熱手段からの熱により溶融して接合する」ものといえる。
そうすると、引用例記載の「ヒートシール接着」は、合成樹脂フィルムを「熱により溶融して接合する」ものにおいて加熱手段を外部加熱手段としたものであるから、本願第1発明における「溶着」に包含されるものであり、引用例に記載のものの「接着」が本願第1発明の「溶着」に相当するとした審決の認定に誤りはない。
<2> 引用例(甲第4号証)には、第四実施例に関して、「このフレキシブルシート26の下面26aには導電性リードがパターン成形されている。また、このフレキシブルシート26はヒートシールフィルムによって形成されている。このフレキシブルシート26はフィルム11のターミナル電極12上にヒートシール接着され、フレキシブルシート26のリードとターミナル電極12とが導通される。」(4頁右上欄5行ないし12行)と記載され、また、第6図には、ターミナル電極12の幅よりフィルム11の幅が大きくされる構造が図示されている。そして、(a)導電性リードはフレキシブルシート26の下面にパターン成形されるものであるから、そのリードのパターンの形態は種々のものが考えられるが、いずれにしても導電性リードの幅は必然的にフレキシブルシート26の幅以下となること、(b)フレキシブルシート26と対向するフィルム11は前出のようにターミナル電極の幅より大きくなること、(c)両フィルム(フレキシブルシート26とフィルム11)によりターミナル電極12と導電性リードが挟み込まれ、両フィルムの当接面がどの程度の範囲になるかは別として、その当接面は、少なくとも局部的に接着されていること、(d)前記のように、引用例記載の「接着」が本願発明の「溶着」に相当すること、からすると、引用例には、「基板の端子部接続用パターンと導電性リードとを挟み込むように両フィルムを局部的に溶着した構造の端子部」が記載されており、審決においてそのように認定したことに誤りはない。
(2) 取消事由2について
導電性リードとして、引用例に記載のようなフレキシブルシートにパターン形成されたものも、本願第1発明のような金属端子も共に周知のものである。また、溶着固定手段として溶着される両フィルムを同質のものとすることは広く知られていることであり(乙第1ないし第4号証)、端子の固定方法として金属端子を同質の合成樹脂フィルムで挟み込み、該フィルムを局部的に溶着することは広く知られていることである(乙第1ないし第3号証)から、審決の相違点1についての判断に誤りはない。
(3) 取消事由3について
<1> 本願第1発明の特許請求の範囲には、どのように成形し、インサートするかについて限定する記載はなく、スライド式電子部品の筐体なる物の発明に係る本願第1発明は、合成樹脂フィルムからなる基板を高温高圧溶融樹脂の射出成形により、筐体を成形すると同時にインサートするという特定の製造方法によって製造されたものに限定されるものではないから、原告の主張する効果である、端子部を金型で押さえることができるので、合成樹脂フィルムからなる基板を高温高圧溶融樹脂の射出成形により、筐体を成形すると同時にインサートすることができるとの点は、本願第1発明の要旨に基づいて奏する効果であるということはできない。
<2> 仮に、本願第1発明において、端子部の表面を筐体内底部に露出させた構成によって、合成樹脂フィルムよりなる基板を高温高圧溶融樹脂の射出成形により、筐体を成形すると同時にインサートすることができるようになったとの効果を奏するとしても、引用例(甲第4号証)中には、「その他の実施例」として、「また、フィルム上の回路構成体、特に・・・端子保持部16f、36cを樹脂によって形成する必要はなくなる。」(4頁右下欄14行ないし15頁左上欄1行)と記載されている。この記載によれば、構成として、本願第1発明と同様の構成、すなわち「前記基板の裏面に合成樹脂製の筐体の底部を形成すると共に端子部外側部を含む該基板の外周部に該筐体の側壁部を一体に形成して該基板を筐体にインサートし、該基板の各種パターンが形成された部分の表面及び端子部の表面を該筐体内底部に露出させ、且つ金属端子片の先端から所定長さを該筐体外に突出させインサートさせた」構成となり、この場合には製造方法として、筐体内底部に露出されることになる基板の各種パターンが形成された部分及び筐体の側壁部以外の端子部を金型で押さえた状態で、特に端子部についてみると基板に形成された電極との接続部を金型で押さえた状態でインサート成形することになる。その結果として、「端子部の表面を筐体内底部に露出させ」た構成によって、合成樹脂フィルムよりなる基板を高温高圧溶融樹脂の射出成形により、筐体を成形すると同時にインサートすることができるようになったという効果を奏する。
さらに、接続部を有する端子部品を合成樹脂でインサート成形するものにおいて、端子接続部をより確実に接触させた状態でインサート成形を行うために、金型に設けた突起等で端子接続部を押さえること、及びその結果として押さえられた端子部接続部がインサート成形後露出されることは、広く知られている事項である(乙第11、第12号証)。
したがって、端子部の表面を筐体内底部に露出させるかどうかは、必要に応じて選択できる事項であって、当業者が容易に採択し得る設計的事項にすぎない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願第1発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)、同(3)(一致点、相違点の認定)のうち、引用例に記載のものの「接着」が本願第1発明の「溶着」に相当すること、及び、両者は、「基板の端子部接続用パターンと導電性リードとを挟み込むように両フィルムを局部的に溶着した構造の端子部を設け」の点で一致することを除く事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
<1>(a) 本願第1発明の特許請求の範囲には、「溶着」の仕方を規定する記載もなく、発明の詳細な説明にも、それを定義する記載はないところ、乙第7号証(図解プラスチック用語辞典 日刊工業新聞社 昭和56年12月25日初版発行)によれば、「溶着」とは、「熱可塑性のプラスチックが、熱により溶け合って接合する現象をいう」ことが認められるから、本願第1発明にいう「溶着」も、上記の「熱により溶け合って接合する現象」を意味するものと認められる。
原告は、本願第1発明の「溶着」とは、端子固定用フィルム7と基板のフィルム1との当接面を超音波加熱により互いに溶融させて接合するものである旨主張する。甲第5号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明中の実施例には、「超音波発射用ホーン・・・より超音波を発射して端子固定用フィルム7と端子部2の耐熱性フィルム1とを超音波加熱により溶融し、金属端子片5をリードパターン2-1上に固着する」(10頁10行ないし14行)と記載されていることが認められるが、本願第1発明の要旨にいう溶着を上記実施例に記載のものに限定して解釈することはできないから、この点の原告の主張は採用できない。
(b) 甲第4号証によれば、引用例には、第四実施例に関して、「フレキシブルシート26はヒートシールフィルムによって形成されている。このフレキシブルシート26はフィルム11のターミナル電極12上にヒートシール接着され」(4頁右上欄7行ないし11行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、引用例における「接着」とはヒートシール接着であると認められるところ、乙第7及び第8号証によれば、ヒートシールとは、加熱することにより熱可塑性プラスチックを接合することであることが認められる。
(c) そうすると、ヒートシールが「溶着」に含まれることは明らかであるから、引用例に記載のものの「接着」が本願第1発明の「溶着」に相当するとした審決の認定に誤りはない。
<2>(a) 甲第4号証によれば、引用例には、第四実施例に関して、「このフレキシブルシート26の下面26aには導電性リードがパターン成形されている。また、このフレキシブルシート26はヒートシールフィルムによって形成されている。このフレキシブルシート26はフィルム11のターミナル電極12上にヒートシール接着され、フレキシブルシート26のリードとターミナル電極12とが導通される。」(4頁右上欄5行ないし12行)と記載され、また、第6図には、ターミナル電極12の幅よりフィルム11の幅が大きくされた構造が図示されていることが認められる。そして、前記<1>のとおり、ヒートシールが「溶着」に含まれるものであるから、引用例には、「基板の端子部接続用パターンと導電性リードとを挟み込むように両フィルムを局部的に溶着した構造の端子部」が記載されているとした審決の認定に誤りはないと認められる。
(b) 原告は、引用例中の「フレキシブルシート26はフィルム11のターミナル電極12上にヒートシール接着され」(甲第4号証4頁右上欄9行ないし11行)との記載は、導電性リードの上にヒートシール層が形成されており、該ヒートシール層をフィルム11のターミナル電極12に添装し外部加熱手段で熱を加えることにより、該ヒートシール層は溶けフレキシブルシート26のリードとターミナル電極12は溶着され、その結果両者は導通すると見るのが自然である等と主張するが、第6図の記載も参酌すると、上記引用例中の記載はフレキシブルシート26とターミナル電極12のみの溶着を意味するものではないから、この点の原告の主張は採用できない。
<3> したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 審決の理由の要点(4)<1>のうち、「導電性リードとして、引用例に記載のようなフレキシブルシートにパターン成形されたものも本願第1発明のような金属端子も共に周知のものであ」ることは、当事者間に争いがなく、導電性リードとして、フレキシブルシートにパターン成形されたものを使用するか、金属端子を使用するかは、必要に応じて当業者が適宜選択する事項であると認められる。
さらに、乙第2号証(特開昭61-142732号公報)及び乙第3号証(特開昭54-1872号公報)によれば、端子等の固定方法として、金属端子等を同質の合成樹脂フィルムで挟み込み、該フィルムを局部的に溶着することは、周知の事項であり、当業者が必要に応じて適宜選択する事項であると認められる。
そうすると、「基板の端子接続用パターンと導電性リードとを挟み込むように両フィルムを局部的に溶着した構造の端子部として、引用例記載のようにヒートシールフィルムにより形成されており導電性のリードがパターン成形されているフレキシブルシートを用いるのに代えて、本願第1発明のように導電性リードとしての金属端子と基板フィルムと同質の合成樹脂フィルムからなる端子固定用フィルムとを用いることは、当業者がその必要に応じて容易になし得る程度のことと認められる」との審決の判断に誤りはない。
<2> 原告は、乙第1ないし第3号証に示されるような端子固定方法が公知であっても、これは本願第1発明のスライド式電子部品の筐体の上記構成の端子部とは構成が全く異なり、本願第1発明のスライド式電子部品の筐体の端子部が公知であるとする証拠にはなり得ない旨主張するが、前記<1>に認定の同質のラミネートフィルムで挟んで溶着する周知の固定方法は、リード線端子等の固定方法として一般性を有する技術であり、しかも、本願第1発明における合成フィルム表面に形成された各種パターンの端部と金属端子片との接合に適用するに際し新たな課題が生じる等の事情はうかがわれないから、この点の原告の主張は採用できない。
<3> したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。
(3) 取消事由3について
<1> 甲第4号証によれば、引用例には、その他の実施例として、「また、フィルム上の回路構成体、特に導電体をエッチングによって形成してもよい。このエッチングにより、フィルム11、31上のターミナル電極13、33a、34が金属によって形成される場合には、金属板製の端子15を上記ターミナル電極に対して直接半田付けすることができる。この場合には、端子保持部16f、36cを樹脂によって形成する必要はなくなる。」(4頁右下欄14行ないし15頁左上欄1行)と記載されていることが認められ、この記載は、端子部の表面を露出する構成を開示しているものと認められる。
さらに、乙第11号証(特公昭57-4050号公報)及び乙第12号証(特開昭61-131502号公報)によれば、これらの公報には、接続部を有する端子部品を含む合成樹脂でインサート成形するものにおいて、端子接続部をより確実に接触させた状態でインサート成形を行うために、金型に設けた突起等で端子接続部を押さえ、押さえられた端子部接続部がインサート成形後露出されることが記載されていることが認められる。
そうすると、審決の「引用例記載の樹脂層による端子保持部を形成するのに代えて、本願第1発明のように筐体の側壁部以外の端子部の表面を筐体内底部に露出させることは、当業者がその必要に応じて容易に採択し得る設計的事項にすぎない」との判断に誤りはないと認められる。
<2> したがって、原告主張の取消事由3は理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)